ML の暫定管理人であった din さんより、ML閉鎖の経緯等の言葉をいただきましたので、以下に掲載します。私の言いたかったことを代弁してくださっていて、とても共感できるものです。このように語ってくださったことを大変感謝しています。(by ローズ)
ローズさんの後、A-typeパートナー メーリングリストの管理人を務めましたdinと申します。 残念ながら、私が最後の管理人となりました。先月(2005年7月)A-typeパートナー メーリングリスト は閉鎖致しました。MLは閉鎖しましたが、このサイトは大変に意義のあるものですし、今後も、同じような問題を抱えネット上で情報収拾なさる方々のために、サイトだけは残しておきたい、との私の希望をサイトの管理人であるローズさんも了承して下さいました。
サイトを残しておくなら、MLの閉鎖理由を掲載したほうがよかろうと思いましたので、この場をお借りして、その理由などお知らせすることに致しました。
ただ、あくまで私の個人的な考えであること、お断りしておきます。
私がMLに参加したのは1年ほど前のことでした。実はその時点で、診断済みADHDの主人との軋轢はほとんど消えていました。が、気持ちの上では「この人と一緒に生きていく」ことを決意したものの、軽いうつ状態からなかなか抜け出せずにおりました。
MLに参加してみて、私は大変驚きました。なぜかといえば、メンバーの皆様がこれほどまでに苦しい状況に追い込まれているとは思いもよらなかったからです。このMLは非公開であるため、具体的な事例をここに引用することはできませんが、私は当事者の方も含めて世間に対してこのように申し上げたい・・・・。
「苦しんでいるのは、当事者だけじゃない。」
「人権を踏みにじられているのは、当事者だけじゃない。」
(メンバーの中にはパートナーの暴力にさらされている方も少なからずおられます。)
MLにはご自分のお子さんに障害がある方もおられます。そのお子さんの療育にパートナーと共同であたらなければならないのに、パートナーが障害を持っているために全く理解・協力が得られずお一人で悩んでおられるメンバーもいらっしゃいます。私自身は子育ての経験はないのですが、それでもやはり、子育ては母親だけ、あるいは父親だけが担うものではないはず、と思います。
成人であるパートナーに障害のある可能性を知らせ、必要なら診断を受けてもらい、家庭の中で果たすべき責任を本人に自覚してもらうにはどうすればいいのか、メンバーの皆様は日々苦悶していらっしゃいます。そのための情報は非常に少ないのが現状です。発達障害に関する書籍はたくさん出版されておりますが、大抵は当事者向け、親御さん向けのものです。さらに、、メンバーの方の投稿メールに度々みられるのが、その苦しみを訴える場所すらない、ということです。まわりに相談しても、
「優しそうな旦那様(奥様)じゃないですか。」
「そんなの男なんだから、奥さんのあなたが我慢すればいいんじゃないの?」
との返事しか返ってこないのです。当事者の方がまわりの人が理解してくれないから辛い、とおっしゃるのはごもっともなことと思いますが、パートナーも、当事者の方を含むまわりから理解してもらえないのは同じです。私がMLに参加して強く疑問に思ったことはこの点です。当事者の方がまわりの理解を得られないと嘆く場所(主にWEB上)はあっても、そのパートナーである私たちにはにはその場所すらありません。このMLにしても、当事者の方を傷つけるのを避けるため、非公開です。
定型発達の私たちは、「定型」で「健常」であるがために、我が身の不幸を堂々と世間に対して嘆くことができません。月の出ない夜にたった一人で星に向かって泣くしかないのです。障害ならば、理解するのは私の方だ、歩み寄るのは私なのだ、しかしそれができない、とメンバーの皆さんはご自分を責めておられます。生涯の伴侶と決めた人に自分の内面を理解してもらえない辛さは、障害のあるなしに関わらず、双方にとってとても苦しいことと思います。その苦しみは「健常」であるがために軽い、ということでは決してないと私は思います。
ML閉鎖の理由を書こうと思ったのですが、ついつい、健常側の辛さもわかっていただきたいと、力が入ってしまいました。(汗)
再び、私自身の話に戻りますが、私はMLに参加して、3000件近くの投稿メールを読ませていただき、確信したことがあります。「私が主人や義母(おそらくADHD)に対して感じた怒りは正しかった。」ということです。私の内に湧いてきた感情と同じものをMLの他のメンバーの方が感じていたのだ、ということがわかって私は大変安心できました。自分の感情を肯定できたことで、うつ状態からも抜け出すことができました。このMLのおかげと、大変感謝しています。
その私がなぜMLを閉鎖しなければならなかったのか、と申しますと、私は自分自身の回復を確信した時点で退会を決意したからです。MLメンバーの中には、パートナーとの関係が良い方向に向かったので退会した方は私の他にもいらっしゃいます。勇気をもって関係を解消し前向きな人生を歩み始め、MLが必要でなくなった方もいらっしゃいます。どちらの道を行くとしても、回復後には、このMLを去るのは当然のことなのです。
このMLの最大の意義は、多分「共感」です。今現在悲しみのどん底にある方にはわかりにくいかもしれませんが、回復してくると「共感」が難しくなってくるのです。
例えば私はメールにこんなことを書いて投稿しました。
> 次に「感情のコントロール」とはどういうことなのか、考
> えるんです。皆さん、ご自分の感情をどういうふうにコントロー
> ルなさってますか?
>
> まじにそこんとこ、ふかーく考えたことありますか? 感情を
> 真に正しく制御出来る方なら、このMLに参加する必要はない
> ような気がするのは、私だけ?
>
> 感情をコントロールしなくてはならないのは、パートナーだけ?
正直に申し上げますと、私は主人に「感情をコントロール」することを要求するよりも、私自身の感情をコントロールするほうが得策だと、今現在は考えています。が、これはあくまで私と主人に当てはまることであって、他のメンバーの皆さんはこんなことをメールで送りつけられ、憤慨なさった方もいらっしゃったかと、実は内心思っています。今現在どうしても答えが見つからず、もがき苦しんでいる方にとってはさらに悲しみが増してしまうようなメールであったかもしれません。あまりに思慮の足りない言葉であったかもしれません。そう感じた方には申し訳ないと思っています
しかしながらやはり、パートナーに感情をコントロールしてほしいと考えるのは当然なのですが、自分の感情をコントロールするほうが現実的だし、関係修復の近道かもしれない、と私は考えます。「変えられるのは自分だけ」ですから。そうすると、私は他のメンバーの投稿メールに「共感」できないことになってしまいます。そして、共感できないことを表明するのは、かえって他の方を苦しめることになるのではないかと、結構気を使うものであり、この状態で長くMLに止まっては逆に自分自身を苦しめることになると思いました。
これが、私の退会理由です。
私が退会となれば、どなたか他の方に管理人をしてもらわなければならないのですが、募集に応じて下さった方はいませんでした。このMLを必要とする方であればあるほど、管理人を引き受けるのは難しいはずです。家庭内でパートナーとPCを共有する方も多く、ML参加が家人の知るところとなれば、更に状況が悪化してしまうことは避けられないでしょう。メールをPCに残しておけない方も多数いらっしゃいました。
ならば私が管理人を続ければよい、と思われるでしょうが、わがままと思われても私にはそれはできません。私にとって一番大切なものは、私自身と主人でありMLではありません。誰かの為のMLより「私と主人のための今現在の実生活」のほうが私には大切なのです。利己的であるのは承知のうえ、私にとっては他人の人生より、自分の人生が大事なのです。今現在は回復している私は、主人とともに彼の障害をもっと理解しながら、更に幸せになりたいのです。
どなたかが私の後任として管理人を引き受けて下さったとしても、その方が回復してきたとき私と同じようにML存続に思い悩んで、管理人自身の回復の足を引っ張るようなことは避けたいと思いました。またこのMLの参加者にはうつなど、心の病を抱えている方も多くいらっしゃるので、管理人を引き受けることで病が悪化しては元も子もない、ということも閉鎖を決断した1つの理由です。
以上、長々とML閉鎖の理由を書いてしまいましたが、この先、需要があれば必ず誰か他の方がMLを作って下さるのではないかと、完全に「他力本願」状態の私です。もし、また似たようなMLを誰かが作って下さるとしたら、そしてそのMLに参加なさる方がいたとしたら、ちょっとだけでしゃばってみたい気もあります。
誰にもわかってもらえない悲しみや苦しみを共有することは何より大事ですが、一方で、障害を克服しようと大変な努力をなさっている当事者の方や、お子様の障害を受け入れ、共に力強く生き抜くことを決意なさった親御さんや、私のように、パートナーの障害を知ることにより自分自身を顧みることができるようになり、かえって感謝している者もいるということ、ぜひ知っていただきたいなぁ、と思います。
最後に、私はこのMLを作ってくださったヤモリさん、2代目の管理人であり、このサイト上で有益な情報を与えて下さったローズさん、そして、MLメンバーの皆様に大変感謝しています。皆様の投稿メールに書き綴られた言葉によって、今現在の私の幸せがあるのです。
皆様、ありがとうございました。皆様が少しでも「楽」になれらること、お祈りしています。どうぞお元気で。